スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

執筆期間

 自分が書いてきた小説を人に読ませるとき、「ずっと温めてきた話です」みたいなことを言うのは嫌だ。
 「これだけの労力と情熱を注いだのだから邪険に扱うな」と暗に強いているようで。それでつまらなかったら「自分は無能です」と言ったようなものではないか。同じ非難が怖いのでも「一日で書きました」の方がまだしも好感が持てる。

 ましてや、他人の作品に対して「短期間で即席に作った」「私の方が執筆歴が長い、彼は素人同然だ」などとのたまうのは、よほど内容に自信がないのだと考えざるを得ない。

 ……何の話だったか。そうそう、現行憲法の全面改定を謳う方々の話であった。
スポンサーサイト

浅田次郎『中原の虹』読了

 続編前提のためか、完成度は蒼穹の昴に劣る。いや、明言はされていないが、張学良というどう考えても天命持ってるとは思えない人が持ったままの龍玉とか、顔出しただけの蒋介石とか、帰国しただけの文秀とか、続編がないとすれば散らかりすぎなので、有ってもらわなければ困る。

 あと、同一人物とは思えないくらいにキャラが変わる。沢殿下は有能なのか無能なのか。私の人間把握力の限界と言われればその通りなのだが、『人の多面性』で片付くレベルを多少超越している気がする。ただ、死の直前の描写で「実は慈善団体に寄付してました」と書いただけで人間の多面性を描いたと持て囃される某SFよりはるかにましではある。

 あと、張作霖主人公なのに、まさか満洲某重大事件まで行かず、大正初期で終わってしまうとは思わなかった。これが一番の衝撃である。司馬遼太郎『義経』の都落ちエンドや漫画版『影武者徳川家康』の花見エンド位のぶった切り感だった。

 あと、言っとくが、普通に面白い。

吉村昭『空白の戦記』読了

 当時最新の科学技術も無謬と思われる思想も、後世から見れば甚だ頼りないものだった、という例はきっとよくある事なのだ。それは今も一緒で、私達は後世を知る事無く、否が応でも現代の技術と思想に頼り切って現代を生きなければならない。気が滅入る。

巡洋艦「那珂」と水雷艇「友鶴」

 吉村昭の『空白の戦記』を読みだしたのだが、冒頭から衝撃が続いている。まず、余は、那珂という名の巡洋艦をこの本で初めて知った。重巡足柄や軽巡妙高と同時代に存在していた艦なのに。第四艦隊事件を知らないわけではないのに。この艦の存在を知らなかった。
 あと、友鶴事件の友鶴を「ともづる」と読むことも初めて知った。ずっと「ゆうづる」と読んでいたのだ。
 
 前々から思っていたが、余の知識は恐ろしく偏っている上に、ちょくちょく抜けている。「マリア様がみてる」(未読)の主人公の名前を、ずっと「ゆーみ」と読んでいるが、あまり自信がない。今後も調べる予定はない。先の首相の名前の読みも未だ分からない。今後も調べる予定はない。検索すればすぐなのだが、何故か調べる気が起きない。

『虚無への供物』読了

とりあえず思うことは「奇矯なヒロインと巻き込まれ型主人公のコンビってこの頃からあったんだな」ということである。

プロフィール

ヘルミオネ

  • Author:ヘルミオネ
  • なんか以前この辺にむちゃくちゃ恥ずかしい事を書いていたことに気付くほどに成長した。褒めてほしい。
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。